藤沢国際映画祭を応援!『みちていく』を鑑賞して。

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本日藤沢国際映画祭に行ってきました!
その感想を書きます。

▼後で読む。

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藤沢国際映画祭とは
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今年で第1回目となる映画祭の主旨については、実行委員長の竹中さんの以下の想いに込められています。

藤沢国際映画祭とは、2007年に「藤沢オデオン座」が72年の歴史に幕を下ろし、次いで2010年「フジサワ中央」が惜しまれつつ開館60年目で閉館したことを境に、藤沢駅前に「映画館」が無くなってしまったことを寂しく思う市民と映画関係者が立ち上げた映画上映イベントです。今年を境に、毎年一回の実施を予定しています。
「藤沢から映画文化を発信し、新時代の才能を発掘したい」そんな一言からはじまったこの企画。藤沢が、カンヌ、ヴェネツィア、サンダンスと世界の名だたる映画祭と肩を並べて「フジサワ」と呼ばれる日を目指しています。
藤沢国際映画祭実行委員長 竹中翔子(シネコヤ代表)

参照:ご挨拶 – 藤沢国際映画祭

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以前、FILMAGAの方でシネコヤについて記事を書いたのですが、その代表の竹中さんの強い想いが藤沢の市民のたくさんの人の気持ちを動かし、今回こういった大きなものを作り上げているのだと思います。

本格的に動き出したのが9月ごろだったということが驚き。約2ヶ月という短期間で準備されたとのこと。藤沢は大島渚監督がいたり、茅ヶ崎の小津安二郎監督ゆかりの土地であり大船には撮影所があるとのことで俳優さんが歩いていることが多いらしく、もともと映画好きが多い土地柄ということはあるみたいです。

ただ、映画という一つの芸術、エンターテイメントを通して街の人が一団となって取り組み、つながっていき、街への愛が深まっていくイベント。街にいる面白い人たちがそれぞれの強みを持って一緒の目的を持って進んで行くことが本当に素晴らしいと思いました。

『みちていく』感想
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あらすじ

歳の離れた恋人に身体を噛んでもらうことでしか満たされない陸上部のエースみちる(飛田桃子)。生真面目で部員達に疎まれる部長の新田(山田由梨)。二人は互いの空虚を埋め合うように、だんだんと近づいていく――。

引用:みちていく | あらすじ

感想

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※竹内里紗監督、藤沢国際映画祭実行委員長竹中翔子さん対談より

藤沢の新堀ライブ館楽友ホールにて。かつてここは映画館でスクリーンもあったようですが、今はそれがなくなってライブホールとして使用されているとのこと。竹中さんがかつて働いていたことがある場所ということで、匂いは当時のままだったというお話は良い話でした。”どこで”観た映画というのも映画館の大切な要素だと思います。家で映画を観るのとはまた違った意味で経験、体験が蓄積されてそれが映画とともに思い出に詰められる感じ。映画を映画館で観るべき理由はそんなところにもあるような気がしました

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話は映画に戻して、この『みちていく』という映画は立教大学映像身体学科の竹内里紗監督が卒業制作として手掛けた映画です。

正直、かなり驚きました。知らず知らずと学生の卒業制作映画を舐めていたようです。すごく良い映画でした。簡単に言えばモラトリアムな女子高生のもやもやした気持ちがほんの少し晴れていく様子と新月が美しい映画

上映後の監督を交えての対談でもおっしゃっていたことですが、自分が今できる範囲の中で最高の映画を作ったということがわかる映画でした。キャストも素晴らしいんですよね。何というかこういった自主映画にありがちな素人感がない。自然な演技で引き込まれます。そう、キャラクターを描くのが上手いのです。物語は女子高校生の”何者でもない”自分のアイデンティティーに悶々とする難しい時期を描いたものですが、群像劇になっています。なので、たくさんの人が出てくるのですが、その一人一人が丁寧に描かれています。

多彩なキャラクター

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まずは、主役の2人、「梅本みちる」と「新田舞」。二人は実は監督の友人らしいのですが、監督はこの二人ありきでまず作品作りに走ったと言っていました。脚本を書くにあたってプロットから作らず、この二人が魅力的に映るような設定から、それからその脇を固めてキャラクター作りをされたと。自分の周りにあるつながりを使ってキャスティングされているのですが、どの人も強い印象を持つキャラクターだと思いました。

面白いのが対談でも明らかにされたことですが、名前を大事にしていること。監督は名前が好きなのです。序盤はみんながそれぞれ”苗字”で呼び合います。それが意外に違和感があったのですが、それも監督の意図的なものでした。苗字が変わるというエピソードもとても印象的です。苗字は親が離婚することにより変わるけど、変わらない”名前”を重視すること、それによって自分が自分でいることの証のようなそんなことも考えさせられるシーンでした。

あと、どうでも良いシーンも入れるのが上手いです。トランプしている女子二人とか。

”噛む”ということ

しっかりとした起承転結があるというわけでは必ずしもないのですが、映像の一つ一つがつながっていく様子が分かる。二人の女子高校生の”満ち足りなさ”が少しだけ”満ち足りていく”、そんなリアルな心情の機微が感じ取れました。その描き方が魅惑的なのです。だって、年頃の女の子が”噛んでもらう”ということを通じて自分が存在しているということを確認しているのですよ。噛んでもらっているのはその女の子の彼氏なのですが、女性監督が映すだけあって、直接すぎず良い演出だなぁと感じました。

対談によると、この”噛む”という着想は、監督の個人的な趣味とかではなく、割と計算されたものだということが分かりました。”噛む”ことが主ではなくて、満たされていないことの穴埋めとしての行為を映像として分かりやすく伝えるために、あえてこういった演出をされていたのです。

小道具が憎い

映画のキーとなる”小道具”が上手く使われています。それが傷を隠すための絆創膏であったり、誰にも見せられないノートだったりします。(それをお互いに見せ合うことで親密になっていく)またノートが日記になって、ある人には”シール”がその人を現すキーとなって現れます。

そして、小道具とは違いますが、一番のキーとなるものが”新月”。

”私たちが宇宙だ”

ないものねだりはやめよう。あるもので良い。

そんなことを感じたとき、少しだけみちていく。少し、自分が何者であるかを理解した瞬間、目の前に新月が見えて終わる。満ちては、欠けていく。その繰り返しが月なのかもしれないですが、美しく光り輝く瞬間もある。とても綺麗で優しい映画でした。

作品作りにあたってサークルではお互いを叩き合って切磋琢磨して作られたとのことですが、それがとても分かる映画でした。竹内監督はまだ大学院生の1年生でまだ23歳なのですが、来年も卒業にあたり長編を作る予定とのことで次回作もとても楽しみです。

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○画像:(C) シネマトグラフ

○予告

おわりに

藤沢国際映画祭、今後は今回の『みちていく』のように若い監督が表に出る機会となるよう、コンペティションなども取り上げていく予定と聞きました。私は今回この映画を観て、若い監督の才能に驚かされました。

藤沢国際映画祭。街の人の良さが活き、いろいろな人が育つ土壌となるような場所になる可能性満ちた映画祭だと思いました。そんな種を街中の人が水を上げて応援していければ、本当にカンヌ、ベネチア映画祭と肩を並べるような映画祭になると謳っていることも、決して苦笑いにはならないなと私は思いました。

なお、藤沢国際映画祭は、2015年11月1日(日)~8日(日)まで神奈川県藤沢市にて行っています。

参照:第1回藤沢国際映画祭が食堂やカフェなど11会場で開催、映画にちなんだ料理も – 映画ナタリー

読んで頂いて、ありがとうございます。

参照:
藤沢国際映画祭 – 藤沢国際映画祭
みちていく

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